忍者ブログ
異類(人間以外のキャラクター)について研究報告・情報提供・談話をする集まりです。妖怪関連多め。時代や地域は問いません。古典文学・絵巻・絵本・民間説話・妖怪・マンガ・アニメ・ゲーム・同人誌などジャンルを越境する会です。TwitterID: @iruinokai
1  2  3 
第122回開催のご案内

日時:
6月26日(日)15時00分
会場:オンライン(Zoom)開催
 
タイトル:
疑似姉妹の心中と怪談

発表者:

嘉川馨(a.k.a ぜんらまる)氏

要旨:
 戦前(明治後期~昭和前期)にかけて発生した女学生同士の心中が、女学校内で「心中を遂げた疑似姉妹の霊が出る」という怪談に発展していた可能性について検討します。



※来聴歓迎!
初めて参加する方は
 TwitterID: @iruinokai
にDM等でご一報ください。

拍手

PR
タイトル:
神仏による「祟り方・罰のあて方」

発表者:
羽鳥佑亮氏


要旨:
  本発表では、神仏の祟り方・罰のあて方そのものに注目した。論じるにあたっては神仏による「祟り」や「罰」と表記されるものに加え、神仏の意に反したと記載、またそのようによみとれるものを術語として「祟り・罰」とし、その中から特に、似た傾向をもつと思われた、対象が疾病を患うもの、対象が事故に遭遇するものを俎上にあげ、「祟り・罰」の表現の変遷の大きな潮流を確認した。
  まず、対象が疾病を患うものについては、平安時代から室町時代にかけては、対象がどのような「祟り・罰」の原因とされる行為をとったにしろ、おおよそは、ただ疾病を患うのみであり、際立った特徴はなかったようだった。しかし、江戸時代からは、対象がとった「祟り・罰」の原因とされる行為から連想される疾病を患うものが増加する傾向にある。
  さらに、対象が事故に遭遇するものについても同様の傾向が認められ、平安時代から室町時代にかけては、対象がどのような「祟り・罰」の原因とされる行為をとったにしろ、おおよそは、ただ何らかの災難に遭遇するのみであり、際立った特徴はないようだが、江戸時代からは、対象がとった「祟り・罰」の原因とされる行為から連想される疾病を患うものが増加する傾向にある。しかしそれだけではなく、対象が事故に遭遇するものについてはさらに、江戸時代から、普通に生活していては遭遇することのない、いわゆる怪異や妖怪とされるものへ遭遇する、というものがみられ、これもひとつの潮流となるようである。
  こういった潮流が江戸時代に出現した要因としては、神仏や宗教施設の周辺で起きたことを「祟り・罰」であるとする認識の強まりや、「因果応報」として説明されたものが「祟り・罰」とされたことが考えられるものの、いずれも推測に留まる。しかし、これらの新しい潮流からは、どうやら「祟り・罰」の説話は、それまで霊験譚とされていたものから、耳を驚かせる怪奇譚として享受されるようになったあらわれであるといえそうであり、人々の興味が霊験から怪奇に移るという、さらに大きな流れの一端であろうと考えられる。

  質疑応答では、発表でとりあげた「神仏」の指す範囲について、形而上のもののみで権化を扱うかどうかについての御指摘や、とりあげられた事例についての補足の御意見があった他、プレ発表であったこともあり、発表の体裁や御指導も様々にいただいた。
  御指摘の箇所については応答ができなかった箇所もあり、今後の課題としたい。御意見に感謝を申し上げる次第である。

※これは2022年5月29日(日)にオンラインで開催された第121回異類の会の報告です。
※上記の文章を直接/間接に引用される際は、必ず発表者名を明記してください。
※次回は6月26日(日)15時00分オンライン開催です。

拍手

タイトル:日本中世の地震と異類ーー龍神説の形成と展開
発表者:児島啓祐氏

要旨:
 本発表では、日本中世の龍神説の形成と展開について、元暦地震(1185年7月9日)の事例を中心に、考察を試みた。所説の一般性・普遍性を論じる以前に、まずは書物固有の性質や文脈を踏まえて事例を捉えることの重要性・有効性を指摘した。具体的には、これまでの研究でとりあげられた公卿日記や歴史書に見える龍神説の事例のほとんどは、占術の判定結果なのであって、それらによって時代一般の認識といえるかどうかは、慎重に考える必要があるということを論じた。すなわち本発表を通じて、龍神説中心に中世の地震観を説明することへの疑問を提示したのである。
 質疑応答では、『今昔物語集』巻三十一の鯉説話や『平家物語』の龍神説話群、『渓嵐拾葉集』等々の、他の説話・類話との関係を視野に入れて考察を深めていくべきであると御指摘をいただいた。さらに、「信仰」という語の使用が曖昧であり、より適切に表現すべきというアドバイスや、『天地瑞祥志』の成立に関しては最新の先行研究を参照すべきという御教示をいただいた。他にも、国家鎮護と災害はどのような関係にあるか、「平家と龍神」説が結びつく初見は何か、ウロボロス的世界観を日本の学僧はいかに享受したか、『愚管抄』の龍の説はどの程度の影響力があったか等々の御質問を頂戴した。(文・児島啓祐氏)


これは2021年3月21日(日)にオンライン開催された第107回の報告です。
※次回は4月25日(日)15時にオンラインで開催します。

拍手

タイトル:オーサキのいなくなった日常
      ―群馬県南西部における人間と
動物の関係

発表者:間所瑛史氏


要旨:
 群馬県南西部ではかつてはオーサキと呼ばれる憑き物の話を聞くことができる。本発表で筆者は群馬県南西部のとある町で調査した際に偶然2名の住民から聞いたオーサキの事例を報告した。更に吉田禎吾の調査や東京学芸大学の調査報告書などから当該地域におけるオーサキの特徴を紹介していった。

 群馬県南西部におけるオーサキの特徴から、住民はオーサキをヤマネやオコジョのような小動物として捉えており、オーサキに憑依されると食べ物を欲しがったり神職を避けたりするなどの行為をおこなうようになると過去の報告から見て取れる。またオーサキモチの家は隣家から繭や小麦粉などを盗むとされており婚姻差別などがおこなわれるなど社会的緊張をもたらす存在であった。

 発表者の聞き取った事例からは過去の報告書と同様のオーサキの特徴のほか、オーサキ除けとしての山犬の歯を加工した根付の実物やコックリさんをオーサキとして捉えている事例を報告した。そして過去のオーサキの存在していた時代を人々と動物との関係性などから考察をおこなった。

 質疑応答では筆者の撮影した山犬の歯の根付はツキノワグマの歯の可能性が高いこと、民間宗教者の存在などがあげられた。群馬県南西部は隣接する埼玉県の三峰山や両神山で修験が盛んにおこなわれており、そうした修験者が山犬の歯の加工に携わっていた可能性がある。また、現代の憑き物の事例なども質疑応答で出され、現在は地域的な文脈を離れてインターネット上でスピリチュアルとして憑き物が受容されている。他にも質疑応答ではオーサキに限定されない様々な憑き物の情報があげられた。(文・間所瑛史氏

これは2020年12月26日(土)にオンライン開催された第104回の報告です。



拍手

第104回 異類の会

日時:12月26日(土)15時
会場:Zoom
※参加希望の方は、@NarazakeMiwa(TwitterID)もしくは「異類の会広報用」(@iruinokai)にDMを。


発表者:間所瑛史氏
題目:
オーサキのいなくなった日常―群馬県南西部における人間と動物の関係


要旨:
群馬県南西部は狐憑きやオーサキなどの憑き物信仰が存在しており、時に差別の問題となり社会的緊張を孕むものであった。1970年代に同地域を社会人類学者の吉田禎吾が調査したことでも知られている。
本発表では、発表者が2019年に群馬県南西部の自治体を調査した際に聞き取ったオーサキの事例を報告するものである。同時にオーサキだけではない住民と動物との関係を絡めながら発表していきたい。



拍手

カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フリーエリア
最新コメント
[10/24 浅井悠太]
[10/24 木下 誠]
[09/26 永島大輝]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
異類の会
年齢:
15
性別:
非公開
誕生日:
2009/09/15
自己紹介:
新宿ミュンヘンで誕生。

連絡先:
gijinka☆way.ocn.ne.jp
(☆を@にかえてください)
バーコード
ブログ内検索
P R
カウンター
異類の会 Produced by 異類の会  AD :忍者ブログ [PR]

SimpleSquare 和心 ver.2 Edit by : 飛雄