【1】
タイトル:
殺生石の破損を巡るSNS上の言説
発表者:
森下陽向氏
要旨:
2022年3月5日、栃木県那須町に存在する伝説の石、殺生石が2つに割れた。この事象は、現地に観光のために訪れた観光客の一人がその写真を撮影し、Twitter(現X)にアップした事により発覚したものである。その後これを報告するツイートは劇的に拡散され、SNS上で様々な言説が飛び交った。その中でも特に目についたのが、「封印されていた九尾の狐が解放されたのでは」というような、伝説の悪鬼の復活やそれに伴う不吉な出来事の予兆を示すようなツイートである。これらにおいて特徴的なのは、既存の伝説の結末とは異なる展開を示しているという点である。帝の寵愛を受けていた玉藻前が、帝の病を機に陰陽師の阿部泰成に正体を暴かれ、逃げ延びた那須の地で三浦介、上総介に討伐された、というのが既存の伝説である。その結果として玉藻前は既に成仏や改心、もしくは消滅しているというという語られているのがこの伝説だ。にも関わらず、SNS上では異なる言説が散見されたのである。「殺生石が割れた事によって九尾の狐が復活したのだ」という内容が語られるツイートの数は非常に多く、果ては新聞やニュース番組においてまでこのような言説が引用され拡散されていった。現在まで玉藻前の怨念が残り続けて居るかのような、既存の伝説とは矛盾する内容を語るツイートが非常に多く散見された。
本発表では、このような既存の伝説の変容、新たな物語性の付与にどのような傾向があり、またそこから何を読み取ることができるのかという疑問を発端に、本件で取り扱うTwitter上に投稿されたツイートをうわさの研究に当てはめ分析した。
調査するにあたり、殺生石が割れたというニュースを見聞きした人々が、実際にこのニュースをどのように捉えたのかを確認するべく、SNSのなかでも特にTwitter(現X)に投稿されたものを収集した。対象としたツイートは、「殺生石」という単語を含み、かつ史跡殺生石について言及されていると考えられるものと限定し、約1年間における言説を収集した。結果として、集まった言説は1797件。件数からは2022年12月を除き右肩下がりとなっていることが読み取れ、またその数の変動から事件発生後から一ヶ月が経過した2022年4月には既に下火になった事も判明した。さらに、収集した言説の内容を分析、要素分けを行いどのような言説が特に語られていたのかをまとめた。本件言説では様々な要素が見られたものの、中でも特に多かったのが九尾の狐の「復活」について語る物語や、殺生石が割れたという事象を伝説と絡めて恐れるような姿勢を見せる「畏怖」というスタンスであった。さらに収集した言説の中には、漫画やアニメなどの内容を引用して語るものも多く見られるという結果となった。
このように様々な言説が確認された本件言説を、うわさ研究を参照しさらに細かく分析していった。
まず本件言説の流布については、都市伝説の流行を参考とした。松田美佐の『うわさとは何か―ネットで変容する「最も古いメディア」―』によれば、都市伝説が流布される環境について、「疑似共同体」の成立を提示した。ここでは編集者やパーソナリティによって評価され、その評価が広く発信されることで集団の一員として認められるようになるという構造が見られる。疑似共同体の一員となり、自分も同じように盛り上がり楽しみたいという欲求が都市伝説の流布に寄与したとされており、同様の共同体のようなものが本件においても成立していたのではないかと発表では述べた。加えて、本件言説というものは、SNSという誰もが気軽に発信し、そして互いに評価をすることのできる場で広まったものだ。ラジオ番組や雑誌の紙面という立場にTwitterのタイムラインが。評価を行っていた編集者やパーソナリティは、不特定多数の閲覧者へと変化したと考えられる。さらに、Twitterというメディアの特性上、ラジオや雑誌などに存在していた時間的な制限や、購入しなければ見られないというような閲覧者の制限などは存在しない。投稿の採用不採用なども存在せず、誰もが気軽に発信することが出来るという点において、本件言説における共同体が非常に広く大きいものになったのではないだろうか。
同時に言説における傾向については、最初に投稿されそしてバズることで本件事象そのものを広く知らしめた2つツイートが「疑似共同体」の核となることで、言説の大枠や共同体の性質を定めたと考察した。共同体に参加する人々もまたそれに従った結果「復活」と「畏怖」という最初のツイートにも含まれていた内容を語り合うことで楽しむという傾向が生じたと考えられる。
さらに、本件事象がわざわざ物語という形を取った理由については2つの理由を述べた。1つ目が、既存の伝説では本件事象を説明できないという、ストーリーに生じた空白の存在と、それを埋めたがる人間の心理の存在だ。伝説の幕引きシーンの知名度が低く、娯楽の一環として物語を作成することに抵抗がなかったことも同様に、物語を作成し得る空白となっていたと考えられる。そして2つ目が、九尾というキャラクターが様々な作品で知られていたことだ。連想したと提示されていた多くの漫画やアニメにおいて。その内容や展開自体、本件事象に当てはめることのできる要素がそろっており、本件事象から物語への導線が既に存在していた。このような状況下だからこそ、物語が発生し、また発生した物語に矛盾を感じることなく娯楽として存分に楽しまれ拡散されたのではと述べた。
また、本件言説を分析していく中では次のような特徴が見られた。それが、うわさが長く語られる中で派生してくのではなく1つに収束していくという傾向だ。これは古典的なうわさの研究とは矛盾した傾向である。この点については、うわさというものの役割として、それが語られる場である「疑似共同体」や集団を結びつけ構成するという機能を持っていることが大きな影響を及ぼしていると述べた。水を差す内容をいくら投稿したとて、それは集団において評価されず、その一員となるどころか冷笑などの的となってしまう。一緒に盛り上がりたいという娯楽的な役割を強く期待されている本件の言説だからこそ、内容が枝分かれしていくのではなく、1つに収束していったのではないかと述べて来た。
このようにネットで広まったうわさについて分析を行ってきたが、あくまでも本件言説の分析は本件言説にしか当てはめることができないものでしょう。特に本件言説の内容については、九尾という存在の既存のキャラクター性が大きな影響を及ぼしていると考えられます。その他の現代のうわさに、そういった発想の大元となる物語等が存在し、そして広く共有されているものなのかは、それこそ事例によって変わるためである。それでも、SNSという環境がもたらす疑似共同体の形成や、その内部で生じるうわさの固定化は、現代のネット上での伝説の創出において重要なのではないだろうか。
また質疑においては、本件と同様に各種メディアで取り上げられたアマビエとの比較による更なる展望や、Twitterという環境における独自の空気感とそれに伴う内容の偏りについてなど、さらなる視点についてのご指摘をいただいた。また今後の課題として、収集した言説の当事者たちがどのように繋がっているのか、という共同体の存在実証について。さらに収集したデータのさらなる分析や活用について挙げていただいた。(文・森下陽向氏)
【2】
タイトル:
「霊魂を感じてしまう人」たちのライフヒストリー
―出産・宗教・地域性からルーツを探る―
発表者:
野村美緒氏
要旨:
私の「”霊魂を感じてしまう人”たちのライフヒストリー―出産・宗教・地域性からルーツを探る―」という発表では、母方家系の家系図を作成し〝霊魂を感じてしまう〟5名のライフヒストリーから第二章では祖母の信仰している真言宗の「自分自身を深く見つめ、「仏のような心で」「仏のように語り」「仏のように行う」という生き方」で死期を悟ることができるという仮説を立てた。即身成仏論で仏のようになることはわかったが「死期を悟る」ことについて明確に示すことができなかったため、立証はできなかった。第三章でも、遺伝方法は出産を通して受け継がれるとし、祖母と母の共通点として初産で流産していることであり、私に遺伝したのは流産(出産)できる体だからという仮説をたて、立証を目指した。しかし、民俗学では妊娠は血のケガレとして隔離され、死の境界線に立つことからユタの成巫過程にもあるような死の境界線に達したとみなされるが、私たちが〝霊魂を感じてしまう〟ようになった過程をみると、妊娠をする以前から見えていたり、霊魂を感じるようになった年齢が様々であることから考えると流産や出産とは関係ない可能性が高いため立証とはならなかった。第四章では釈迦という地名から祖母の実家がある茨城県古河市釈迦と真言宗は深い関わりは町史でも確認できたが、曾祖母の実家がある茨城県古河市三和町と真言宗の関わりは薄かったが『三和町史』には実際に民間宗教者が多く存在したことを知り、祖母らによると曾祖母の実家の敷地内に祠があり「夜泣きを子どもの夜泣きがすごいとか安産祈願とかでいろんな人が家にお参りに来た」という話から、私たちの先祖は民間宗教との関わりがあったと言えるが、すでに撤去されていたため断言はできなかった。
以上のことから、私の母方家系において〝霊魂を感じてしまう〟理由を見つけることはできなかった。だが、柳田國男『妹の力』(創元社 昭和十五年八月二十九日)から女性は感動しやすい性格、言い換えると感受性が豊かであるが故に、霊力をもつということがわかる。
このことから、女性はみな、霊力を持つが、開花するには何かのアクション(例えば巫病など)が必要だと考える。そのため、今後の課題として女性と霊力についてもっと多くのに文献にあたり、出産からは見えなかった女性について捉えていくことで私たちの家系について何か発見が出てくるだろう。(文・野村美緒氏)
*これは2025年3月30日(月)にオンライン(Teams)で開催された第153回の要旨です。
*上記の文章を直接/間接に引用される際は、必ず発表者名を明記してください。
*次回は4月27日(日)15時にオンライン(Teams)で開催予定です。

PR