『勧学院物語』は『雀の草子』という別題をもつ江戸前期の短編物語である。
物語の前半は勧学院の破風から落ちた小雀をめぐる烏と蛇の争論。親雀が割り込んで小雀救済。と思いきや、猫が闖入し、親雀と争論。その勝利。スズメ、カラス、ヘビ、ネコという人里に近しい動物を主要キャラクターとして登場させて繰り広げられる言葉争いの物語となっている。
後半は小雀救出の祝いの座。歌会。そして出家という展開をみせる。
本発表ではいくつかの問題点を示した。
1 鳥の社会の秩序
雀を頂点とする鳥社会。これは雀が皇胤であることに由来する。それゆえに鳥たちに官位を授け、また繧繝縁の畳の上に座す。
2 命名
異類物ではキャラクターの名前が重要な役割を果たしている。名は体をあらわすとは異類物のキャラクターに相応しい諺である。読み手はその名前自体を興味の対象としている。一言で言うと、俳諧味を楽しんでいるということだろう。本作品においてもその点かわらない。しかし特徴的なのは、本作品では主要キャラクター―の名前の由来を明記している点である。
3 擬人化表現の型
鳥たちは頭部異類型に該当する。すなわち、頭だけが鳥であって、首から下はまったくの人間なのである。
一方、貝の仲間は首から上が異類なのではない。頭まで人間である。ところが頂に貝を被っている。まるで帽子のように。これをもって貝を擬人化したものと看做しているわけである。これを異類着装型と呼んでおきたい。貝の仲間はみなこの型で表現され、鳥の仲間はそれではなく、頭部異類型で表現されているわけだ。属するところが違うと、型も違ってくる点が興味深い。
4 擬人化と原型の違い
擬人化表現で描かれるキャラクターは親雀をはじめとして、登場するほとんどすべてといってよい。ほとんどというのは、例外があるからである。一つが小雀であり、もう一つがタイである。これは食料であること、子どもであることに要因がありそうである。
5 ポーズの流用と錯誤
ヒバリとセキレイが混用されている。キャラクター造形にあたって誤用したということか。
以上、3月31日、新宿の喫茶店で行われた第18回例会の報告です。
発表者は伊藤慎吾。
さて、次回は4月15日です。
追って掲示します。