まず擬人化という方法は〈たとえ〉の具体化であること、さらに擬人化キャラクターは原則として物語世界の住人であることを検証した。そして擬人化キャラクターを神や妖怪と区別する根拠としてキャラクターの存立する世界との関連性が重要であることを説く。
大枠としては次のように整理できるだろう。
1)すべての異類が人間的な言動をとらない世界→現実世界
2)すべての異類が人間的な言動をとる(そして共存する人間は何ら疑いをもたない)世界→擬人化世界
3)多くの異類は人間的な言動をとり、一部の異類はとる世界→現実世界(一部の異類は異能のキャラクター)
4)人間に対する異類は人間的な言動をとらず、異類に対する異類はとる世界→現実世界/擬人化世界の視点切り換え
ついで女体化キャラクターの現状について考察した。
近年、女装男子が二次元を越えてリアルでも増えてきてる。それに応じて男の娘になるためのガイドブックも次々に出されている。これらに共通するのは、二次元キャラクターをモデルとする点に特色がある。
一方で性の中間域への関心という点で共通すると思われるが、女体化キャラクターの創出も近年顕著に窺われるところだ。
女体化は後天的な設定としては変身・憑依・入れ替わり・手術などが用いられるが、先天的な設定も多い。とりわけ歴史物が拡大し続けている。
この点について『円卓生徒会』『萌訳 平家物語』『Fate』シリーズなど具体的に示しながら論じた。
擬人化と女体化の問題については、今後、キャラクター変換と関連付けて考察を進めていきたい。
以上、平成24年12月11日開催(於・青山学院大学)の第32回例会における発表要旨です(発表者:伊藤慎吾)。
※昨日開催の第33回例会要旨についても、近々アップします。
本発表では、『簠簋抄』「三国相伝簠簋金烏玉兎集之由来(以下、「由来」)」を取り上げ、まず、その〈秘伝書獲得譚〉としての読みの可能性を示した。
「由来」は陰陽道の秘伝書「金烏玉兎集」が天竺から唐を経て、日本の安倍清明に伝授される過程を描くが、「由来」後半部分で「金烏玉兎集」は、清明の弟子・道満によって奪われてしまう。道満が清明の妻・利花の協力を得、秘伝書を納めた石匣から秘伝書を手に入れる場面は、御伽草子『判官みやこばなし』等において義経が兵法の秘伝書を入手する場面と類似関係にあり、「由来」が、鬼一法眼譚と同種の、〈秘伝書獲得譚〉としての要素を含んだテキストであるということが言えるだろう。
次に、〈秘伝書獲得譚〉という視点から「由来」を捉えなおし、「由来」の編纂意識に関して考察を行った。
「由来」には、吉備真備入唐譚や龍宮訪問譚や玉藻前説話といった、先行する安倍晴明伝承とは関連度の低いとされる説話がいくつか含まれているが、秘伝書というキーワードを中心に、それらの説話が連想可能な位置にある説話群であり、「由来」の編纂意識に、〈秘伝書獲得譚〉を始めとした、〈秘伝書にまつわる説話〉という発想が働いているのではないか、という可能性を指摘した。
以上、発表者中野瑛介氏による要旨でした。
日時:11月22日(木)18時30分~
場所:青山学院大学・17号館4階1142教室
中野瑛介氏
「『簠簋抄』と中世文学―秘伝書獲得譚としての「三国相伝簠簋金烏玉兎集之由来」―」
要旨:
『簠簋内伝』の作者は安倍清明を名乗るが、おそらく偽作であり、成立は室町初期と見られる。陰陽道や暦道について書かれた部分の他に、陰陽道の秘伝書・「簠簋内伝」獲得の経緯を描いた「清明序」や牛頭天王の妻問いを描いた「牛頭天王序」などの説話的部分も含まれる。
『簠簋抄』は「三国相伝簠簋金烏玉兎集之由来(以下、「由来」)」と『簠簋内伝』の注釈部分から成る。「由来」は「清明序」に多数の説話を加えて増補した内容となっている。注釈部分にも説話的内容が多分に含まれ、注釈書であると同時に一種の説話集だといえる。
「由来」で追加された説話には龍宮訪問譚や玉藻前説話、近世には説教節『信太妻』などとして展開する信太明神の説話など、異類と関わるものが多い。
これまで「由来」は「安倍清明の一代記」として読まれてきたが、今回の発表では、これまでとは異なる読みを行い、龍宮や玉藻前説話等とも絡めながら、秘伝書獲得譚としての「由来」の解釈を試みる。
※初参加の方は、下記にご一報くださいませ。
@NarazakeMiwa(ツイッターID)
『今昔物語集』・『宇治拾遺物語』や「月のねずみ」説話に見られる鰐(ワニ)と虎の説話からは、両者が対立関係にあるものとして捉える認識と、相互に近しい性質を持つ存在と捉える認識とが看取された。こうした認識は漢籍の知識に基づくものであったと思われる。ただし、『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』では、上代以来の海魚の認識で鰐(ワニ)を捉えながら、漢籍的な世界の描出を試みている。そのため、上代的な「ワニ」の認識と、漢籍的な「鰐」の認識の鬩ぎ合いが看取される。例えば、その表現空間が齟齬をきたして、不自然になっている点が幾つか認められる。また、虎と鰐(ワニ)が決闘をする説話に於いては、両者は最早、漢籍に見られたような山川の動物の争いではなく、対立関係の背後に「陸と海」という壮大な二元的世界観が付随するようになっている。
以上、発表者杉山和也氏による要旨でした。
次回詳細は近々ご案内します。