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異類(人間以外のキャラクター)について研究報告・情報提供・談話をする集まりです。妖怪関連多め。時代や地域は問いません。古典文学・絵巻・絵本・民間説話・妖怪・マンガ・アニメ・ゲーム・同人誌などジャンルを越境する会です。TwitterID: @iruinokai
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タイトル:
 琵琶湖の魚をめぐる近世の「知」の世界
 ーー「ガナイタ」に注目してーー


発表者:
 服部友香氏

要旨:
 18世紀以降、本草学・博物学が発展をみせる中で、琵琶湖の魚に焦点をあてた水生動物誌や博物図譜が複数制作された。本発表においては、そうした博物学的資料の一部において取り上げられている正体不明の魚「ガナイタ」に注目した。
 この「ガナイタ」は、2023年11月にX(旧Twitter)でtera(寺西政洋)氏が紹介したことで話題となった。寺西氏が紹介したのは、幕府の奥医師、博物学者であった栗本丹洲(1756-1834)の遺稿を子孫や門人がまとめて出版した『皇和魚譜』の「ガナイタ」図である。そこには細長い体と長いヒレ、つぶらな目、3本の長い髭が伸びる上顎と突出した下顎を持つ魚が左向きで描かれている。添えられた解説によれば琵琶湖に生息しており、体長は5、6寸(15~18㎝)、鋭いトゲがありギギよりも激しく人を刺すという。ナマズ目の魚に似てはいるものの、日本の淡水魚の鬚はいずれも偶数本で、左右で対になっている。「ガナイタ」のように奇数本の鬚を持つものはいない。また鰭も日本の淡水魚にはあまり見られない形である。
 本発表では、このような特異な「ガナイタ」の図像が生み出された背景を、近世の博物図譜の制作状況と絡めて論じた。近世の博物図譜は、常に著者が状態のよい生体を写生できるわけではないことから、不正確な描写や先行の図譜の転写を多分に含んでいる。また先行の図譜における魚の絵図に問題が多いことから、文字情報から新たに図像を描き起こした事例も存在する。そうした状況が、現存する日本の淡水魚の形状から大きく逸脱した「ガナイタ」の図像を生んだと考えられる。また「ガナイタ」の3本の鬚は上唇の中央と両端に描かれているのだが、東京大学附属図書館が所蔵する『京阪淡水魚圖』という博物図譜の「アユモドキ」図も、上唇の中央に1本の鬚を生やした姿で描かれている。アユモドキをはじめとするドジョウ科の魚の上唇の周辺に密集した鬚が、このように誤認された可能性は否定できない。
 また、発表においては諸資料に見える「ガナイタ」において概観し、19世紀における博物誌や図譜の制作、ことに琵琶湖周辺の藩における水生動物誌制作のムーブメントの中で、「ガナイタ」がどのように取り扱われてきたのかを明らかにした。そして琵琶湖の一地域における方言であったこの魚名が、膳所藩の医師であった渡邉奎輔の『淡海魚譜』に取り上げられ、それが江戸の丹洲に参照されるというルートで広まった可能性を示した。実は、『淡海魚譜』や丹洲の肉筆の図譜である『栗氏魚譜』における「ガナイタ」の解説は、『皇和魚譜』のそれと相違するところが多い。これは、丹洲没後に子孫や門人が『栗氏魚譜』を資料として『皇和魚譜』を編む過程で、付近に描かれた別の魚(アカザ)の解説を「ガナイタ」の絵図に結びつけてしまったことによると考えられる。そして以降、丹洲への信頼を背景として、『淡海魚譜』・『栗氏魚譜』の「ガナイタ」、『皇和魚譜』の「ガナイタ」がそれぞれに後続の図譜に転写・踏襲されてゆくこととなる。しかし日本の魚類研究に西洋からもたらされた分類学的な視点が導入されると、存在が確認できず学名をつけるための標本を作れない「ガナイタ」は切り捨てられ、やがて忘れ去られてしまうのである。

 質疑にあたっては、本発表の準備の際に多大なご助言をいただいた滋賀県立琵琶湖博物館学芸員の金尾滋史氏から、「ガナイタ」に類似した特徴を持つ淡水魚の写真をお見せいただいた。また、質疑の中では、当時の博物誌・図譜における、生体を確認することが叶わない状態で各地の呼称を収集するという状況に注目が集まった。それが他の魚との混同や、一地方の方言などが独立して、元の魚とは異なる「魚名」として扱われることの契機となった可能性が示された。食品として市場などで流通する魚ではなく、その姿形や実在性を確認するのが難しかったことが、博物誌・図譜において「ガナイタ」が転写され続けてきたことに繋がっていたのではないか。
 なお、発表後、新たに「ガナイタ」関連の資料の存在を確認することができた。いずれ、何らかの形でご紹介させていただければ……と思っている。(文・服部友香氏)


*これは2025年1月26日(日)にオンライン(Zoom)で開催された第151回の要旨です。
*上記の文章を直接/間接に引用される際は、必ず発表者名を明記してください。
*次回は1月26日(日)15時にオンライン(Zoom)で開催予定です。
 

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