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異類(人間以外のキャラクター)について研究報告・情報提供・談話をする集まりです。妖怪関連多め。時代や地域は問いません。古典文学・絵巻・絵本・民間説話・妖怪・マンガ・アニメ・ゲーム・同人誌などジャンルを越境する会です。TwitterID: @iruinokai
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「南方熊楠の昔話研究―「鼠の嫁入り」を例として―」
一條宣好氏


 博物学者の南方熊楠(1867~1941)は変形菌(粘菌)の標本収集と同定作業、仏教を中心とした思想や哲学の研究、神社合祀反対運動など多様な活動を行ったが、それらと並ぶ重要な活動のひとつとして比較説話学の研究を挙げることができよう。昔話の研究もここに含まれる。主要な業績として雑誌『郷土研究』に連載され単行本『南方随筆』にも収録された「今昔物語の研究」、『東京人類学会雑誌』に発表された「西暦九世紀の支那書に載たるシンダレラ物語』などがあるが、今回の報告では2020年の干支が子年であることにちなんで昔話「鼠の嫁入り」に関する熊楠の研究活動を振り返り、その特性等を確認して、研究史の中でどのような意義を持つのか考えてみたい。
 熊楠による「鼠の嫁入り」を主題とした論考は二編存在する。まず大正4(1915)年8月、『東洋学芸雑誌』に「『鼠の嫁入り』の話について」が掲載された。これは熊楠が、同誌の前号へ載った神話学者・松村武雄(1883~1989)の「鼠の嫁入り説話研究」を読んで執筆したものである。昔話研究の泰斗・野村純一(1935~2007)によれば、この論考が「鼠の嫁入り」について本格的に説いた初めてのものだという。松村は「鼠の嫁入り」が既に存在していたことを示す資料として、明和4(1767)年に没した儒学者・岡白駒『奇談一笑』の記述を挙げているが、熊楠は更に遡る事例を列挙している。また最古の事例として弘安6(1283)年に成立した仏教説話集『沙石集』に類話が収録されていることに言及した。インドの説話に源流を持つと考えられる話が『沙石集』など日本で編まれた多くの説話集に見えるという点については、芳賀矢一らによって既に説かれていたが、「鼠の嫁入り」の類話が『沙石集』に収録されていることを具体的に指摘したのは、熊楠が最初である。『沙石集』は現在でも日本における最古の関連文献とされている。
 「『鼠の嫁入り』の話について」の次に執筆されたのが、昭和7(1932)年9月『俚俗と民譚』に載った「もぐらの嫁探し」である(「鼠の嫁入り」は地域によって主人公が変化している場合があり、「土竜の嫁入り」、「石屋の嫁探し」などと語られている例も存在する)。こちらは同誌1巻5号に掲載された中里龍雄「朝鮮民譚もぐらの嫁探し」を見た熊楠が、それまで未知だった朝鮮の類話事例の報告に触発されて書いたものである。以前に熊楠自身が発表した「『鼠の嫁入り』の話について」も含めて、先行研究で指摘されていた類話を網羅的に紹介しており、架蔵する文献で可能な限り直接出典を確認しようと努力している点には熊楠の資料と対峙する姿勢が垣間見られる。また江戸時代に書かれた戯作、熊楠自身が東京での学生時代に寄席で聞いた小咄の中にも類話を見出していて、これは後年の武藤禎夫らの研究に先行するものとして注目される。更に熊楠は、同一の話が語り手の意図によって異なる教訓的意義を持たされる場合があることについても、関心を持ち実例を示している。
 近年「鼠の嫁入り」に関する研究は野村純一などによって深められた。野村はアイヌ民族の神謡「やっぱりアイヌが偉いんだ」が循環形式を持っていることを指摘しており、現在では「鼠の嫁入り」の類話は東アジア全体に分布していることが判明している。
 以上見てきたように、南方熊楠は昔話「鼠の嫁入り」を主題とした考証と研究を行い、日本における最古の事例として『沙石集』を挙げるなど多数の類話出典を指摘し、昔話の持つ教訓的な側面や、語り手の意図により教訓の意味内容が変化するケースが存在することなどについて言及している。熊楠は抜群の記憶力と資料の博捜によって得られた情報の蓄積、英国留学の頃から学んでいた民俗学の知識とそれを基盤にした自身の見識を活用し、「鼠の嫁入り」についての研究が始まって間もない時期に、類話事例の有意義な補足と研究上の有益な指摘を行った先駆的研究者として位置付けることができよう。(文・発表者)

以上は1月11日(土)14時、武蔵大学で開催された第98回例会の要旨です。
次回は2月24日(月)15時30分、若松地域センターで開催します。

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