タイトル: 2023年浅草寺歳の市にみられる『藤娘』の羽子板について
発表者:
平井優香氏
要旨:
江戸時代東海道沿いの宿場、大津追分で製作・販売されていた大津絵は土産物として買い求められてきた。そして後に人形浄瑠璃、歌舞伎の演目に採用されさらに人気を博していった。
その大津絵の中でも「藤娘」は主要な画題であった。黒の塗笠を被り藤の花房を担いだ着物姿の若い女性という姿は歌舞伎舞踊の演目や人形、羽子板に描かれており現在も知られている。
本発表は2023年に東京都台東区浅草寺において12月17日から19日まで開かれていた浅草寺歳の市(通称羽子板市)で確認した167事例の「藤娘」を描いた羽子板を分析し、その造形の多様さを示すことを目的としている。
衣裳の面では、大津絵「藤娘」は黒を基調とした柄もわずかな着物姿であるのに対し、歌舞伎舞踊「藤娘」は藤模様が施された華やかで色彩に富んだ衣裳である。羽子板の事例においては歌舞伎舞踊「藤娘」と共通した色彩、模様の衣裳が多く、大津絵ではなく歌舞伎舞踊「藤娘」から直接的影響を受けた造形と言える。
また、藤の花については花房が描かれていない事例が複数見られた他、笠を被らず手に持つという事例も複数確認した。
これらは、舞踊の最中に笠を被らず花房も持たない場面があることから、歌舞伎舞踊の演目に取り入れられたことで身体性を獲得した「藤娘」が見せた姿が多様化した故であると考えられる。さらに、笠に藤の模様が描かれた事例が多く、これは大津絵、歌舞伎舞踊の「藤娘」ともに見られない特徴である。
最後に面相(藤娘の顔)についてであるが、丸顔のものが殆どであり、歌舞伎役者を連想させるような面長の面相を持つ事例は167件中わずか4件であった。
文化・文政期に登場し、人気を博した押絵羽子板は役者のブロマイドとして作られていた歴史的背景が存在する。しかし、女性的な丸顔の面相をした事例、その中でも大きな目をした幼さを感じる面相も複数確認できたらことから、面相に対して需要の変化があったことが考えられる。
本発表では、167件の「藤娘」の羽子板から衣裳、笠と藤の花、面相という点に注目して分析を行った。
その結果、衣裳面と笠や藤の花の描かれ方からは歌舞伎舞踊の影響を受けているという結論に至った。また、笠に藤の花を描くという大津絵、歌舞伎舞踊には見られない特徴を確認することができた。
一方で、面相に関しては歌舞伎役者のブロマイドの影響は薄れて丸顔の顔立ちが殆どであった。
このように、本発表では昨年の浅草寺歳の市における「藤娘」の羽子板における造形の多様さを具体的に示すことができた他、その背景に歌舞伎舞踊の影響が存在することまで言及するに至った。
今後は羽子板という造形物自体が持つ特徴や人々の認識、「藤娘」の羽子板に対する人々の需要に注目し研究を進めることを予定している。
(文・平井優香氏)
*これは6月30日(日)にオンライン(Zoom)で開催された第144回の要旨です。
*上記の文章を直接/間接に引用される際は、必ず発表者名を明記してください。
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