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異類(人間以外のキャラクター)について研究報告・情報提供・談話をする集まりです。妖怪関連多め。時代や地域は問いません。古典文学・絵巻・絵本・民間説話・妖怪・マンガ・アニメ・ゲーム・同人誌などジャンルを越境する会です。TwitterID: @iruinokai
タイトル:
 熊楠が追いかけた野槌
 -そのアプローチと遺したもの-



発表者:
 山川志典

要旨:

 南方熊楠は、1910年に「本邦に於ける動物崇拝」を『東京人類学会雑誌』に発表した。そこでは、サルやクマ、イルカやウナギなど、様々な生き物が取り上げられているが、その中に野槌(ノヅチ)がいる。野槌は、異様な姿をした蛇として、文献に記され、また人びとの間で語られてきた。野槌について、熊楠は、1917年に『太陽』に発表した「蛇に関する民俗と伝説」の一部でも取り上げている(後年、「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考』に収められる)。熊楠は、正体が掴めない野槌について、どのように調べ、結論付けたのか。本発表では、超人・南方熊楠の調べ方を、野槌を事例として扱うことで、具体像に迫ることにした。

 「蛇に関する民俗と伝説」を読み解いていくと、まず熊楠は、「深山にいる大きな獣で、目鼻手足なく口だけで人を食う」(『沙石集』、執筆者訳)や「深山の木の穴の中にいる。大きいものは直径五寸、長さ約三尺になる。頭から尾が均等で、尾は尖っていない。槌の柄がないものに似ている。なので、一般には野槌と呼んでいる。」(『和漢三才図会』、執筆者訳)といった姿や習性を記している。加えて、『新撰字鏡』や『延喜式神名帳』から、名称に関する事項を抜書き・引用をしている。
 また、「予が聞き及ぶところ、野槌の大いさ形状等確説なく」とあるように、同時代の人から聞き書き調査も行なっている。これをふまえて熊楠の日記をみると、「本邦における動物崇拝」を執筆していた1910年4月頃に「小学校にて宿直福田氏と話す。堅田にノヅチの古話あるをきく。」(補註:4月18日の項)といった調査の様子が記されている。特に、4月27日に聞いた内容は、現在も絵入りのメモが残されている(これは、伊藤慎吾、飯倉義之、広川英一郎著『怪人熊楠、妖怪を語る』2019年、三弥井書店の39ページにて広川氏が図版入りで指摘されている)
 熊楠は、さらに自身が山中でマムシを打ち殺した際に死にかけたマムシが頭を振って滑り落ちてきた経験をふまえて、野槌の習性はマムシに由来することを述べている。
 このように、文献・聞き書き・実際の観察(経験)を組み合わせることで、野槌に迫る熊楠の姿を確認することができた。
 さらに今日では、異様な姿をした蛇をツチノコと呼ぶことが多い。よって、熊楠没後に熊楠が暮らした和歌山県田辺市周辺でのできごとについても発表では紹介した。
 要点としては、奈良県下北山村は、1987年以降、ツチノコ探索やツチノコ共和国建国といったツチノコに関する活動が盛んになる。この報道を受け、田辺でも、かつて見た異様な姿をした蛇について述懐する人がいた(太田耕二郎氏が「つちのこ論争」)『くちくまの』74号(1988年9月刊)。これは、ツチノコブームにより思い出される「異様な蛇の姿の話」の事例といえる。
 また、南方熊楠顕彰館では、2024年12月7日から2025年2月9日(日)にかけて、企画展「新春吉例「十二支考」輪読 ツチノコと南方熊楠の知的ネットワーク」の展示がなされた。この展示では、ツチノコについて報道や来館者への関心が集められた。
 このような状況からは、今日においても異様な姿をした蛇は人びとの関心を集めやすいという印象を受ける。さらに、生き物について調べていく過程での様々な目撃談や習性にまつわる話は、世間話としての研究要素も大いにあると捉えられる。

 当日は、熊楠の調査の仕方や読んだ文献に登場する蛇について、あるいは、1960年代以降のツチノコ探索におけるスタンスのあり方などにについて、ご教示・ご意見をいただいた。参加してくださったみなさまにこの場を借りて、感謝を申し上げる。
(文・山川志典氏)
*これは2025年4月27日(日)にオンライン(Zoom)で開催された第154回の要旨です。
*上記の文章を直接/間接に引用される際は、必ず発表者名を明記してください。
*次回は5月25日(日)15時にオンライン(Zoom)で開催予定です。
 

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タイトル:
 
菌類妖異考―ハドリアヌスタケ,天狗の麦飯,七面山の珪藻土―
発表者:
 糟谷大河

要旨:
 題目:菌類妖異考―ハドリアヌスタケ,天狗の麦飯,七面山の珪藻土―
発表者:糟谷大河氏
 
要旨:
菌類とは,きのこ,カビ,酵母などを含む生物群を指す。演者は菌類学を専門とし,菌類の中でも,特にきのこ類の系統進化,分類,多様性,分布などを明らかにするための研究を続けている。そのため,日本列島の各地で野外調査(つまり「きのこ狩り」)を行っているが,その過程で,菌類がかかわる何とも奇妙で,不思議な現象・対象に遭遇する機会を得た。今回は,菌類がかかわる3つの「妖異」について話題提供を行った。

 (1)ハドリアヌスタケ:和歌山県白浜町の公益財団法人南方熊楠記念館には,「ハドリアヌスタケ」と称される液浸標本が収蔵・展示されている。この標本は,インドより輸入され,倉庫の中に保管されていた綿花の塊から南方熊楠が発見・採集したもので,スッポンタケ科のきのこの一種ではないかと推測されている。しかし,標本の写真や,南方熊楠の描画記録を見る限り,これがそもそも,本当にきのこの仲間なのか否かも判然としない。そこで「ハドリアヌスタケ」の標本の形態的特徴の観察結果や,炭素安定同位体比分析を行った結果を報告し,その実体について議論した。

 (2)天狗の麦飯:長野県の黒姫山や,長野・群馬県境の浅間山,湯ノ丸山周辺の土壌中には,「天狗の麦飯」と称される微生物の塊が産生する場所がある。「天狗の麦飯」は「食べられる土」とも呼ばれ,長野県の北信・東信地域では,「飯砂」あるいは「謙信味噌」などとも称され,修験者が山岳修行の際に食用としていたとか,飢饉の際の食糧とした,といった言い伝えが残されている。この「天狗の麦飯」の実体を明らかにするため,明治中期より様々な生物学者が研究に取り組んできた。近年では,「天狗の麦飯」は10種以上の細菌類からなる微生物の集合体であるとされているが,その生成に関わる生物群集や,生成機構の全容解明には至っていない。そこで,演者らは黒姫山産「天狗の麦飯」標本中に存在する菌類の調査や,湯ノ丸山での野外調査を行い,「天狗の麦飯」中に存在する菌類群集の解明を進めている。ここでは現在までに得られたこれらの調査結果を報告した。

 (3)七面山の珪藻土:山梨県身延町の敬慎院脇に「無熱池(一の池)」と呼ばれる池がある。池の底泥は白く,洗って乾燥させたもの(白土)が切り傷や腫物などの皮膚の傷に,また,熱さましに効能があるとされ,約500年前から利用されていた。甲州庶民伝によれば,マラリアで苦しむ兵士たちにこの妙薬を飲ませたところ,百人近い病人が元気を取り戻したという。この白土は,植物プランクトンの一群である珪藻類の殻が,長年にわたり池の底に堆積して形成された珪藻土である。演者らは,マラリアに効くと言い伝えられる「無熱池」の白土の実体を菌類学の視点から,そして,池の形成年代や地形発達史について,地形学・地質学の視点から明らかにする計画であり,調査を始めている。ここではその概要を報告し,今後の展望を議論した。
(文・糟谷大河氏)
 
※これは2021年12月19日に開催された第116回異類の会の報告です。
※上記の文章を直接/間接に引用される際は、必ず発表者名、本サイト名及び記事URLを明記してください。
※次回は1月29日(土)15時オンライン開催です。

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2009/09/15
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