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異類(人間以外のキャラ)について研究報告・情報提供・談話をする集まりです。時代や地域は問いません。古典文学・絵巻・絵本・民間説話・妖怪・マンガ・アニメ・同人誌などジャンルを越境する会です。
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「お伽草子を中心とした鼠にみる擬人化の特徴」
発表者:中山恵那̪氏


鼠は、古くから日本人の生活に密接に関わってきた。
多産な事から目出度いものとされ、中世以降は大黒天と結び付けられた。一方、食害をもたらす存在でもあり、とりわけ都市が発展していく近世以降は、中世までのイメージを引き継ぎ、ペットとしての飼育の流行もあったものの、駆除対象にもされていた。
生活に身近な存在である鼠は、数多くの物語に取り上げられており、お伽草子でも鼠が登場する話が数点存在する。それらは擬人化されたものが多く、様々な形で描かれている。
鼠が擬人化で描かれる際には、人間の世界と鼠の住処において姿の使い分けがされている。更に、同族間でも場合によっては擬人化の程度に差を付けられる。
『鼠草子』や『弥兵衛鼠』では、より動物的な行動をとる場合に本来の姿、或いは本来の姿に近い姿で描かれている。また、色によって身分の上下、性別が描き分けられており、それは、吉祥の鼠か害獣の鼠かという違いのみならず、擬人化にも人間を描く際の細かい規範が用いられている事を示している。
物語中には、擬人化される動物とされない動物が存在する。人目につくものの生活の全貌が掴めない鼠は比較的擬人化の対象として選ばれ易かったと考えられるが、人間にとって道具や食料として使用される動物やそれらに似た形状の動物は擬人化されることが少なく、役割によって描かれ方が異なることが分かる。
これらの挿絵に描かれている擬人化の様子は、本文中に記述されていない情報が非常に多く、物語の世界観を説明する上で大きな効果を発揮している。(文・発表者)


先月の会の要旨をお送りします。
なお、次回は今月29日(土)14時から先月同様、武蔵大学で開催します。
詳細は近日中にお知らせします。

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申し子の本質的な親は神仏であり、そのため申し子たちはさまざまな異常性をもってこの世に生まれてくる。
しかし、お伽草子「一寸法師」では、申し子の異常性が両親から 「化物風情」という言葉で否定されている。
なぜこのような否定が生じるのか。鬼子として生まれる申し子が登場する「弁慶物語」を比較材料としながら 検討した。
また、お伽草子以降現代に至るまでの「一寸法師」テキストをとりあげ、一寸法師を授かった両親の思いがどのように変容しているのかを確認した。(文・発表者 佐伯和香子氏)


以上、異類の会第45回例会(2014年7月25日・於青山学院大学)発表の要旨です。

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 お伽草子『隠れ里』において、鼠の隠れ里という理想郷が木幡野に設定された。その背景としては、寛永年間の飢饉をはじめとする都の荒廃があり、当時の人々の理想郷を希求する動きに結びついた。その際、大黒信仰の広がりから致富への予兆とされ、また飢饉の際に強く意識されていた鼠への眼差しが、鼠の隠れ里を身近な場所に求めたのであろう。それが木幡に求められたのは、京周辺に存在すると考えられた鼠の隠れ里の口頭伝承、さらに木幡という地が持つ境界性が異界と結びついたと考えられる。さらにその理想郷描写には、特殊な四方四季ともいうべき表現も見られた。
 隠れ里の風景、特に宝物や食の問題など、『鼠の草子』、『をごぜ』、『酒飯論』などと関わり、論じるべき点は多く残されている。今後、さらに読みを深めていきたい。

(文・発表者塩川和広氏)

以上、第37回例会(5月21日・於青山学院大学)の発表要旨です。

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本発表では、まず現在確認できる十点のリストを掲げ、『こほろぎ物語』諸本の概観を試みた。あわせて伝本の紹介を中心とする研究状況を確認した。
従来、新たな伝本が紹介される際に、基準とされてきた内閣文庫本だけでは、諸本把握の目安とはなりにくく、九曜文庫本を加えて検討する必要があるとの見解を述べた。
その上で、これまで存在は知られていたものの、文学研究の側からはほとんど言及されることがない『照国公御母堂賢章院夫人遺芳録』所載本文を取り上げ、
諸本間に異同がみられる和歌に関して考察をおこなった。
最後に、今後の展望として、賢章院を『こほろぎ物語』の作者とする言説について、幕末・近代における薩摩の文化状況をふまえて検討する必要があろうことを述べて締めくくりとした。


以上、発表者宮腰直人氏による要旨でした。
これは2012年1月27日の例会(於青山学院大学)において発表したものです。
なお、次回例会は2月24日(金)18:00~です。

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 室町時代以降、急速に信仰の広がりを見せた福神信仰は、お伽草子の中にも取り入れられ、その姿を変容させた。本発表では主に『大黒舞』『梅津長者物語』における大黒天と貧乏神の描写について考察した。
両作品において、大黒天は白い面相で描かれ、打出の小槌をふるって戦い、また舞の道具として用いる。儀軌に黒い肌とされる大黒天が白く描かれるのは『豊国祭礼図屏風』に描かれるような、芸能民が被る面とのつながりが想像される。打出の小槌は本来鬼の持ち物とされ、大黒天と鬼のイメージの連絡が注目される他、宝物を打ち出す小槌を武器として使用することも特徴的である。『渓嵐拾葉集』に記される盗賊避けの大黒天や、『犬筑波集』に収録された俳諧がこの大黒天像の形成に影響を及ぼしていると考えられる。『今昔物語集』16-32の小槌で叩いて病を起こす疫病神の姿も、鬼と打出の小槌との関わりから重要であるが、打出の小槌という宝物を武器として用いるというのは、二作品から見られる特徴的な姿である。
 大黒舞という芸能を大黒天自身が舞うという趣向も含めて、ここに描かれる大黒天には芸能民の姿が投影されており、なおかつ宝物を単なる武器や舞の道具として用いる姿には、福を授ける存在という信仰からの解離が見える。これは福神が、信仰から切り離されて人と同じ存在にまで引きずり下ろされていくという、お伽草子における福神描写の流れに則ったものであり、『大黒舞』から福神の擬人化が生み出されていったということができる。また大黒天に芸能民の姿が重ねられていたように、『梅津長者物語』に描かれる貧乏神の姿にも、特定の階層の人々が投影されていたようである。柿帷子などに象徴されるその姿は、ライ病者や犬神人などの姿と共通し、中世末から近世初期にかけての、人々の被差別民を見る眼差しを考える上でも、この作品は重要であると言えよう。


以上、発表者塩川和広氏による要旨でした。
※この内容は第22回例会(7月22日・於青山学院大学総研ビル3階1135教室)での発表に基づくものです。

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2009/09/15
自己紹介:
新宿ミュンヘンで誕生。

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