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異類(人間以外のキャラクター)について研究報告・情報提供・談話をする集まりです。妖怪関連多め。時代や地域は問いません。古典文学・絵巻・絵本・民間説話・妖怪・マンガ・アニメ・ゲーム・同人誌などジャンルを越境する会です。TwitterID: @iruinokai
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タイトル:
 沖縄の幽霊譚と魔除け

発表者:
 鈴木慶一氏

要旨:
 沖縄の民俗が昔話などの伝承文学にどのように反映されているのかを幽霊譚を元に考察した。比較上、沖縄の幽霊と日本本土のそれとは同一とは言えないが、柳田国男は幽霊について「オバケは出現する場所は大抵定まっていた。幽霊は向こうからやってきた。遠くへ逃げても追いかけられる」などとしていた。沖縄ではその魔除け意識に注目すると、家への侵入を防ぐ豚小屋や呪具が存在し、それが幽霊出現に制限を加えていたことが明らかになった。


質問関係
〇柳田国男の幽霊の「定義」の妥当性、有効性について指摘あり。
 引き続き検討を進めるべき問題と思う。そのため幽霊や妖怪の定義が明確でない点が不明確な点に繋がっているのではないかと思われる。なお、当発表では幽霊と表現していたが、「霊的存在」でよいと考えている。
最近の日本各地の大震災の幽霊体験談と今回の沖縄の幽霊譚とは似ているとの感想。
 沖縄の幽霊関係の話は殆どが物語ではない実体験が多い為と思われる。体験談では差が少ないということは、物語風になると差が出て来るということになるとも言える。
(文・鈴木慶一氏)

*これは4月27日(土)にオンライン(Microsoft Teams)で開催された第143回の要旨です。
*上記の文章を直接/間接に引用される際は、必ず発表者名を明記してください。
 

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タイトル:
90年代における人形の怪談についての一考察
 —メリーさん・リカちゃんの怪を中心に—


発表者:
鳴海 あかり

要旨
 今回はメリーさんとリカちゃん人形を中心として90年代を中心とした人形の怪談についての考察を行った。
 まずメリーさんが関連する怪談として「青い目の人形」や「メリーさんの電話」がある。怪談「青い目の人形」の背景には戦前の日米人形交流と、それによってアメリカからおくられてきた実在する「青い目の人形」との関連があると考えられる。実在した「青い目の人形」にはメリーの名が多く、またメリーという名の青い目の人形をきっかけとして各地の青い目の人形が探されるようになった流れがあり、怪談「青い目の人形」とほとんど共通する感動秘話もついていた。この感動秘話が有名となり、怪談「青い目の人形」の素地となったと思われる。
 もう一つ有名なメリーさんと言えば横浜を闊歩していた老娼婦のメリーさんがいるが、当時メリーさんと呼ばれた女性は彼女だけではなかった。一般的に西洋っぽい女性の象徴的な名前としてメリーという名があったといえる。
メリーさんといえば「メリーさんの電話」という怪談が代表的だろう。これについては「リカちゃん電話」とも言われ、人形でもない事例も多い。実際、話の構造として人形である必要はないからである。
 リカちゃん人形の怪談といえば「三本足のリカちゃん」であるが、そのイメージ形成においては『LCミステリー』別冊1992年8月号の記事の影響が強いと思われる。
これらの話は時代的背景もあり、多くサブカルチャー作品にも登場する。特にメリーさんは口裂け女やトイレの花子さんほど決まった姿がないが、西洋人形のような姿の美少女というイメージがよくみられる。
 質疑応答ではありがたくも多数の情報提供を戴いた。また青い目の人形・三本足のリカちゃんについて、初期の掲載誌の編集者などが意図的に話を構成したり、広めていた可能性を指摘された。これは私が知らず知らずのうちに見逃していた可能性であり、改めて都市伝説が自然に広まるだけとは限らないのだと思わされた。今後は今回提供された情報・知見を取り入れて論文として仕上げていきたい。
(文・鳴海あかり氏)

※これは2023年6月25日(日)にオンラインで開催された第134回異類の会の報告です。
※上記の文章を直接/間接に引用される際は、
必ず発表者名を明記してください。

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タイトル:
昭和のお化け屋敷 鑑賞会

発表者:
笹方政紀


娯楽施設としての『お化け屋敷』については、1994年刊の橋爪紳也『化物屋敷―遊戯化される恐怖』に詳しく、それ以降については、お化け屋敷をプロデュースする者の記したものなどが認められる。
今回は新聞や雑誌などに掲載された記事や広告などを中心に、昭和のお化け屋敷について鑑賞する機会を設けた。街中で掛けられたお化け屋敷を押さえた上で、関東イベント会場・遊園地において読売新聞が後援し、乃村工藝社が携わったものを中心に昭和の初めから終わりまでを概観した。
題材として、四谷怪談や木幡小平治、累などの昔ながらの歌舞伎や講談などに取材したものや、晒し首や磔など死骸を表現したもの、その他幽霊、妖怪を基本としつつも、お化け屋敷がその時々の流行や時事を反映したものも取り込みながら展開した様子を確認した。
今後はさらに時代や場所などを広げ、関連資料を収集し、お化け屋敷の世界を総覧できるよう心掛けるとともに、研究材料として昇華するよう試みてみたい。(文・笹方政紀氏)


※これは2022年10月16日(日)にオンラインで開催された第126回異類の会の報告です。
※上記の文章を直接/間接に引用される際は、必ず発表者兼執筆者の名を明記してください。
※次回は11月20日(日)15時00分オンライン開催です。

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タイトル:
未確認動物の新聞報道史──雪男・ネッシーを中心に
発表者:
黄之瀬寛朗氏


 オカルト・超常現象の1ジャンルとして一定の注目が寄せられてきた対象の中に、いわゆる「未確認動物」(目撃談や写真等の情報はあるが正体が確認されていない動物)がある。数ある未確認動物の中でも、〝ヒマラヤの雪男(イエティ)〟と〝ネス湖のネッシー〟は殊に有名だが、加えて両者は戦後の新聞上で継続的に話題にされてきた稀有な例でもある。そこで本発表では、戦後から昭和終わりまでの朝日・毎日・読売各新聞の三大紙上で、雪男とネッシーがどのように報じられてきたのか、その内実と変遷を報告した。
 雪男については、50年代から60年代初頭にかけて非常に多く新聞記事として取り上げられているが、それ以降は報道数が激減。70年代に少し盛り返すものの、段々と報道は散発的になっていく。ネッシーについては、雪男とは逆に50年代から60年代までは散発的な報道に止まるが、70年代前後から記事の数が増え、その半ばにピークに達する。ただしそれ以降、報道の数は急速に落ち着いていく。
 そうした報道数の変化を確認した上で、発表では雪男とネッシーに関する特徴的な出来事を取り上げ、それが記事内で具体的にどう扱われていたかを論じた。それに加え、未確認動物を巡る新聞上の言説について、60年代までは未確認動物探索の科学的な価値を強調する論調が多く見られるが、70年代以降は科学的な考察が後退し、未確認動物を探すこと自体の「夢」や「ロマン」を強調する方向へと変化していくという、大まかな傾向の変遷が確認できることを指摘した。
 また未確認動物の情報が多様化していくにつれ、「雪男」や「ネッシー」という言葉がそれぞれ特徴の類似した未確認動物の通称として用いられる例が多くなり、そうして逆に〝ヒマラヤの雪男〟や〝ネス湖のネッシー〟自体の存在感が相対的に薄れていった可能性を論じた。
 質疑応答では、未確認動物言説をより多角的に検討するために、雑誌記事や児童向けオカルト書籍など資料の幅を広げていくことの必要性や、妖怪と未確認動物の連続性など、広範囲に議論が展開した。質疑応答で受けた指摘を、今後の課題として検討したい。(執筆:黄之瀬寛朗氏)


※これは2022年9月25日(日)にオンラインで開催された第125回異類の会の報告です。
※上記の文章を直接/間接に引用される際は、必ず発表者兼執筆者の名を明記してください。
※次回は10月16日(日)15時00分オンライン開催です。

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タイトル:
疑似姉妹の心中と怪談
発表者:
嘉川馨


要旨:
 〈少女〉らによる疑似姉妹は、明治後期には既に少女雑誌に見られ、実際に女学校内で展開されていたと考えられる。疑似姉妹は、一部の女子教育者からは清らかな「友情」であると擁護されたが、新聞や総合雑誌などの一般メディアは勿論、学生向けの流行り言葉事典や、性欲研究書においても「同性愛」という病として扱われた。
 1911年の親不知海岸女学生心中以降、〈少女〉らの「同性愛」や疑似姉妹に対する社会的関心が高まっていった結果、〈少女〉らが共に自殺すれば、「「同性愛」が原因ではないか」という先入観をもって報道されるようになった。
 対して〈少女〉らの自殺についての記事が、〈少女〉のためのメディアである少女雑誌に掲載されることは、少なくとも大正期以降はほとんどなかったと考えられる。久米依子や佐藤(佐久間)りかによれば、少女雑誌が許容したのは清らかな「友情」としての疑似姉妹までであり、加熱した「同性愛」的な投書や投稿小説は、時代を下るにつれて排除されていったという。同様に、現実に起きた〈少女〉らの(「同性愛」的とレッテル貼りされた)自殺や心中に関する記事は、誌上から排除されていたのだろう。
 こうした〈少女〉と「同性愛」を巡る議論が乱立していた戦前の状況下においても、現実の〈少女〉の死が、女学校内で幽霊譚に発展していた可能性があることが、松谷みよ子による戦後の聞き書きから分かっている。注目すべきは、今回取り上げた実践高女の例では、元の事件(三原山女学生投身自殺)ではあくまで〈少女〉らの自殺だったにもかかわらず、「同性愛」が原因の心中であったと歪曲されている点である。この手つきからは、三原山女学生投身自殺――真許三枝子の自殺と松本貴代子の自殺――が、当時の新聞や婦人雑誌においては、まるで「同性愛」が原因であるかのように書き立てられたことを想起せずにはいられない。
 「同性愛」も〈少女〉の死も、あくまで〈少女〉向けメディアで排除されていたにすぎない。〈少女〉たちは何も少女雑誌だけを読んで生活していたわけではなく、新聞や総合雑誌などの一般メディアの影響も受けていた。また少女雑誌は「同性愛」を排除しようとしながら、疑似姉妹は「友情」として擁護せざるを得ないという矛盾を抱えていた。
今回の調査から、現実の〈少女〉の死が、女学校内では「同性愛」者の、つまりは疑似姉妹の幽霊譚として発展していたと推測できる。しかし現状、戦前に発行されたメディアからは、直接的な根拠となるような記事を発見できておらず、また今回取り上げることができた(戦後に採集された)当時の女学校の怪談・幽霊譚の数も極めて少ない。
 発表者はこれまで、主に戦前の少女雑誌を資料としていたため、今後は当時の新聞や婦人雑誌に加え、戦後に発行された資料でも、同窓会報や回顧録まで範囲に広げていくことで、さらに調査を深めていきたい。(文・嘉川馨氏)

※これは2022年6月26日(日)にオンラインで開催された第122回異類の会の報告です。
※上記の文章を直接/間接に引用される際は、必ず発表者兼執筆者の名を明記してください。
※次回は7月30日(土)15時00分オンライン開催です。

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プロフィール
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異類の会
年齢:
16
性別:
非公開
誕生日:
2009/09/15
自己紹介:
新宿ミュンヘンで誕生。

連絡先:
gijinka☆way.ocn.ne.jp
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