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異類(人間以外のキャラ)について研究報告・情報提供・談話をする集まりです。時代や地域は問いません。古典文学・絵巻・絵本・民間説話・妖怪・マンガ・アニメ・同人誌などジャンルを越境する会です。
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お伽草子の時代、つまり室町期から江戸前期にかけて、妖怪と擬人化キャラクターとは、物語作品上でどういった違いがみられるのか考察した。両者はともに人間以外の〈異類〉として括られるものであって、造形的に共通点も多く、それゆえに境界線が見えづらいからである。

1-1 まず、妖怪は神や精と同様に現実に根ざしたものであること。原則として信仰的実在を前提とするものである。これに対して擬人化キャラクターはある対象を人間に擬えた、見立てた架空の存在である。
(付喪神は滑稽なキャラクターであるが、しかし、古い器物に魂魄が宿るという信仰を基に造形化されている。これに対して器物の擬人化は単に表現手段として「人に擬えること」をしたまでのもの。)


1-2 ただしかし、妖怪や神変を得た動物、神やその眷属が人間やそれに似た姿で表現される場合もある。これは上記の擬人化と立脚するところが違う。したがって、これを「広義の擬人化」と捉え、上記の厳密な意味での擬人化、すなわち「狭義の擬人化」と区別する。
(鬼や天狗が人間に似た姿で描かれるのは、現実にそのような姿であると信じられてきているからであり、その現実社会での共通認識に基づいて物語上、絵画上でも人間に似た姿で表現されるわけである。それは単なる表現手段としての擬人化ではなく、信仰的実在に基づいたものである。)

1-3 以上のように、妖怪と擬人化キャラクターは立脚する次元が異なる。妖怪は現実に根ざしたものであるのに対し、擬人化キャラクターはあくまで表現手段の1つに過ぎないのである。
なお、妖怪といっても、その幅をどの程度までに限定するか、明確に示す必要があるだろう。たとえば山の神の眷属たちは獣の頭をもち、首から下はまったくの人間として造形されることがしばしばある(山海相生物語など)。彼らは妖怪でもないが、神でもない。物語本文上にはほとんど出てこないが、絵巻には脇役として必要不可欠な存在である。彼らをどのように捉えるべきか、今後の課題であろう。個人的には神と妖怪の中間に位置するもののように思えるが。

2 そもそも異類とは鳥・獣・虫・魚・草木・器物・妖怪の総称であり、時に神仏を含む場合もある。これらを主人公とした物語を異類物という。その設定はおよそ3つに整理されるだろう。
 a 異類のみで世界が作られているもの(例、虫妹背物語)
 b 異類の世界を人間が傍観するもの(例、こほろぎ物語)
 c 異類と人間とが共存する世界が作られているもの(例、勧学院物語)
 d 人間世界に異類が介入するもの(例、木幡狐)
以上のうち、擬人化キャラクターはabcに含まれ、妖怪はdに限られるようである。a「妖怪のみで世界が作られている」作品は確認できない。b「妖怪の世界を人間が傍観する」作品も確認できない。モチーフとして「鬼の宴を垣間見る」というものを含むものではなく、枠物語として妖怪の世界で行われる妖怪たちの行動を傍観し、記録にとどめるという設定の作品が見られないという意味である。c「妖怪と人間とが共存する世界が作られている」作品はまだこの時代には存在しないようである。
このように物語の世界観や設定の上で妖怪と擬人化キャラクターの違いがみられる。

3 異類物の主題は恋愛・出家遁世・勝負(競争/合戦/問答/退治)が主である。このうち、擬人化キャラクターは人間に擬えた異類の物語だけあって、恋愛・出家遁世・勝負いずれも主題とされている。ただし、勝負のうち、退治は見られない。ここでいう「退治」とは「悪を退ける」という意味である。必然的に主人公は英雄的存在として設定される。擬人化の場合は一方的な退治ではなく、合戦というかたちをとる。それに対して妖怪は恋愛・出家遁世・競争・合戦・問答はなく、退治のみである。
このように、物語の主題の上でも妖怪と擬人化キャラクターの違いがみられる。

4-1 キャラクターについてみると、両者ともに人語を用いるのが基本である。ネーミングは擬人化キャラクターが素材の特性をいかしたものになるのに対して、妖怪は既存のものが使われるか、もしくはそれに類するものが与えられる。
1-1で両者の立脚するところが異なるということを述べたが、ネーミングの点でも、一方が言葉遊びの域のものであるのに対して、他方が現実の伝承に基づくものであることが分かる。
(擬人化キャラクター例―納豆太郎糸重(ナットウ)、上見ぬ鷲の介(ワシ)、鰤丹後守(ブリ*丹後の名産)
 妖怪例―酒呑童子、伊吹童子、茨木童子、愛宕山の太郎坊)

4-2 絵画上での造形としては、重なる点が多い。視覚情報での共通点が多いために、両者の区別の曖昧さが出てくる。しかしキャラクター設定上の大きな違いとして指摘できることは、同一作品上で変身するか否かということである。変身は妖怪や神変を得た異類の能力の1つであるから、妖怪が人間に化ける、あるいは人間に姿から妖怪としての正体を現すといった展開が妖怪の物語には見られるものである。しかし、擬人化は1-1で述べたようにあくまで表現手段の1つであるから、物語設定上、その世界では人間あるいはそれに類する姿で一貫しているものである。だから変身能力は持たない。
ただし、擬人化作品については別の点で注意しなくてはならないことがある。それは視点の変換である。『弥兵衛鼠』のように、場面ごとに、原形のネズミであったり、頭部異類型(頭がネズミ、それ以外は人間)であったりする作品があるのだ。これは変身したからではなく、その時々の状況(ネズミだけとか、人間と交渉中とか)に応じて描き分けているようである。この点、もう少し詳細に見ていく必要があるだろう。

以上、発表者伊藤慎吾による要旨(+増補修正)でした。
 

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