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異類(人間以外のキャラクター)について研究報告・情報提供・談話をする集まりです。妖怪関連多め。時代や地域は問いません。古典文学・絵巻・絵本・民間説話・妖怪・マンガ・アニメ・ゲーム・同人誌などジャンルを越境する会です。TwitterID: @iruinokai
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タイトル:
 トークイベント「妖怪とポップカルチャー」
登壇者:
 小橋玲治・ジェシ エスカンド・今井秀和・飯倉義之・伊藤慎吾(登壇順)


要旨:
 「妖怪がポップカルチャーの中でどのように継承・再創造されていったか」―このテーマについて、文学や民俗学の専門家たちの話を聴いたり、話し合うというもの。
 まず、小橋氏は2025年から今期に至るまでには「怪異」が登場するアニメが一定数あることを紹介し、今年放映のアニメでは「ミーム」がキーワードになっているのではないかとした。その上で、今連載中のいくつかの漫画ではミームの変質自体が妖怪そのものの存在に影響を与えており、このようなミームの変質=実体?の妖怪の変容が、今後の妖怪漫画やアニメでは主流になっていくのでは、と考察した。
 次に、エスカンド氏が『鬼滅の刃』はタイトル自体に「鬼」がつくために主人公・炭治郎たち鬼殺隊が相対するのは「鬼」だと思われがちだが、実際には「吸血鬼」である。レ・ファニュの『カーミラ』(1872年)やブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(1897年)などの吸血鬼文学を踏まえつつ、鬼/吸血鬼の特徴の異同を挙げ、『鬼滅の刃』における吸血鬼たちについて考察した。
 次に今井氏が「妖怪を食べる」「妖怪コンセプトカフェ」『虚構推理』をキーワードに、郷土土産(鬼饅頭など)や調布の鬼太郎茶屋の例などを挙げ、他方で『虚構推理』など「妖怪を食べる」趣向の作品を紹介し、説話・伝承や現代の創作物において、「妖怪を食べる」ことの意味を考えた。
 次に飯倉氏が「妖怪→溶解×回帰→怪奇―妖怪とポップカルチャーの距離感―」と題し、民俗文化の中で怖いものとして存在していた妖怪が、1990年代~2000年代の「かわいい」「ゆるい」「美少女」要素の妖怪造形が広まったが、定着・蔓延の結果、「怖い妖怪」表現への揺り戻し現象が起きている状況について論じた。
 最後に伊藤はファイルの破損によりPPを開けないというトラブルに見舞われ、十分に話すことができなかったが、「地域振興と妖怪とポップカルチャー」と題し、地域限定の妖怪グッズやグルメの新たな創造の場としての「あおもり妖怪祭り」や「台湾フェスティバル」を紹介、「津軽お化け珈琲」に見られるように地域伝承の掘り起こしと可視化、近世の創作妖怪のご当地妖怪化などを指摘した。

*久留島元氏・山川士典氏のご協力を得、その結果、怪異怪談研究会、世間話研究会、東アジア恠異学会(50音順)のご協力を得るに至りました。関係者各位・関係団体にお礼申し上げます。

*これは第163回の要旨です。弘前学院大学主催、異類の会共催というかたちで、2026年1月5日(土)にヒロロ(青森県弘前市)での対面及びオンライン(Microsoft Teams)のハイブリッド形式の開催でした。
*上記の文章を直接/間接に引用される際は、必ず発表者名を明記してください。
*次回は2月28日(土)15時にオンライン(Zoom)で開催予定です。





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第163回開催のご案内

日時:1月25日(日)15:00-17:00
会場:オンライン


タイトル:
 妖怪とポップカルチャー


発表者:飯倉義之・伊藤慎吾・今井秀和・小橋玲治・エスカンド ジェシ


要旨:
「妖怪がポップカルチャーの中でどのように継承・再創造されていったか」―このテーマについて、文学や民俗学の専門家たちの話を聴いたり、自由に語り合ったりしませんか?
 オンライン(Zoom)同時開催なのでご自宅での参加も可能です。
伊藤慎吾(弘前学院大学)・小橋玲治(同)がオンラインで飯倉義之(國學院大學)・今井秀和(共立女子大学)・エスカンド・ジェシ(大阪公立大学)の三氏を迎え、妖怪談義をします。
「アニメの中の妖怪」「妖怪を食べる」「ご当地妖怪」をトピックに話をしていく予定です。


公式ページ(弘前学院大学)
https://www.hirogaku.ac.jp/cat_event/post-26907/

*ご参加・ご視聴にはご登録が必要です。

簡単な記入で済みますので(3分程度)、ぜひお出でください。
上記ページの下辺に登録フォームのリンク(https://forms.office.com/r/k6Q37BCQGF
)が貼ってあります。




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タイトル:
 妖怪を芸術でくくる試み
発表者:永島大輝氏
要旨:

 『妖怪芸術史』というような本を出すことを考えており、まず、発表者の専門は民俗学なので、芸術という語と妖怪を結び付けて言及することについてまずは整理させてもらった。そこで芸術とは鑑賞されるものと定義し、あらゆる民俗事例なども鑑賞されるときは芸術みなせるというようなゆるい定義で執筆する宣言をした。たとえば、なにかしらの習俗も写真に撮られれば、それを芸術として捉えることができる。(鶴見俊輔がいう「限界芸術」には家族アルバムや記録映画という項目もある。)
 妖怪は語りの中でも認識の中でも常に変化するものであるが、やはり記録され文章などで固定化されると、それを鑑賞されることもある。芸術になり固定キャラクターとして成立してしまう。会話も記録されて留められてしまうと時には怪談として作品になってしまう。
 こうした導入は、読者にとって必要ないものなのかもしれないが、ある程度研究者にも引用してもらえる文章を書かねばとも思っており、自身の書いているものを位置づける意味でも自分にはそうした文脈の宣言が必要であった。 
 大衆芸術についての発表ということで扱う題材の範囲を示した。乾英治郎によれば、日本ではサブカルチャー=ポップカルチャーである。漫画・アニメ・コンピューターゲームなどの大衆芸術がそれにあたる(参考文献 「『サブカル』の中に怪異を探す」怪異怪談研究会監修『怪異怪談探索ハンドブック』青弓社 2025)ので、妖怪漫画や図鑑をとりあげた。
 妖怪漫画作品と図鑑には、清水潤の「1970年の妖怪革命」や京極夏彦の「通俗的妖怪」といった先行研究からの語があり、適宜使用した上で、引用参照される妖怪図鑑の萌芽は近世にもみられる(香川雅信『江戸の妖怪革命』角川学芸出版 2013・村上紀夫『怪異と妖怪の近世 情報社会としての近世』創元社 2023など)という流れを確認。
 それらを踏まえて漫画作品『GANTZ』や『ぬらりひょんの孫』の参照したであろう作品について考察をした。たとえば、『ぬらりひょんの孫』は、以前、伊藤慎吾・氷厘亭氷泉編『列伝体妖怪学前史』勉誠出版2021の江馬務の箇所でも触れたが、辻惟雄『奇想の江戸挿絵』集英社 2008から図版が使用されている。
 大まかな流れとしては特に新しいことを言えたというよりは、これまでの先行研究に、その後の漫画を当てはめただけのようなものではある。むしろ先行研究の流れを整理することが書籍になったときに有効なのかもしれないと発表しつつ感じた。
質疑応答では、拡散していく妖怪概念の中で、伝わりにくいところもあったようで、改めて今回の発表は大衆芸術というくくりに依拠した論であることを述べた。やはりそう限定したからには、妖怪漫画や図鑑の先行研究をある程度網羅して文章にまとめたいところである。誰もが妖怪作品と思う作品でありながら妖怪の語を使わない作品に関してその言い換えに関しての情報提供も多かった。
 また、発表の中で、『奇想の江戸挿絵』に載っていた記憶があった図版が見つからなかったということを述べたが、その後参加者の氷厘亭氷泉さんが確認してくださりp58にその該当図版が載っていたことをここに報告する。
(文・永島大輝氏)

*これは2025年12月27日(土)にオンライン(Zoom)で開催された第162回の要旨です。
*上記の文章を直接/間接に引用される際は、必ず発表者名を明記してください。
*次回は1月25日(土)15時に対面・オンライン(Zoom)のハイブリッドで開催予定です。

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第162回開催のご案内

日時:12月27日(土)14:00開始
会場:オンライン(Zoom)


タイトル:
 妖怪を芸術でくくる試み


発表者:永島大輝氏


要旨:
本発表が芸術の語を使用しているのはひとえに現代で妖怪と呼ばれるものが現れるメディア、たとえば絵巻や漫画やアニメやお祭や話芸を芸術と読んで差し支えなかろうという動機がそこにあるわけです。つまり、それらをまとめて芸術を冠した本などを出してもよかろうと考えている訳です。
それは芸術とは何ぞやということを書く本ではないわけですが、もしかすると妖怪を通じてある程度芸術について語る必要があるのかもしれません。
本発表では娯楽作品つまりは大衆芸術にフォーカスを当てていきます。
そして、限界芸術。
もちろん、妖怪と芸術としてしまうことで拾えなくなる分野もあり、そこについても言及しますが、今回こうした試みをしてみることで、ここまではできる、ということも見えてくるかもと期待しています。
また、文章にする上で、どういうところを読者は求めているのかをみたい気持ちもあります。

※来聴歓迎! 
  初めて参加する方はX(舊Twitter)
  @NarazakeMiwa
 までDMを。

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タイトル:
 『岩舩山略縁起』と高勝寺の卒塔婆供養
発表者:林京子氏
要旨:

・高勝寺が所在する角礫凝灰岩の岩山である岩船山(172M)は、下野国、下総国、上野国、常陸国(現群馬県・埼玉県・茨城県)の国境近くに位置する。岩船山の北端には「岩船」と呼ばれる船型の巨岩がありにはその上に生身の地蔵が出現したとされる戦国末期1570年ごろから徐々に供養霊場化し、近世に入り日光東照宮の再造営と共に天台宗寺院高勝寺が整備された。春秋の彼岸には多くの人が塔婆供養に訪れる。塔婆を本堂脇に置く=「建てる」のは山の高い所の石地蔵の前に置くのが良いとされ、高ければ高いほど後生が良いとされ、人々は争って裏山の高いところに登った現在は危険なので卒塔婆を下に置く。


・享保4年(1719)岩船地蔵は流行神となり関東各地を巡行し、その後享保8(1723)年には下総銚子で、享保17年(1732)延享元年(1744)明和三年(1766)寛政6年(1794)に江戸で出開帳


・高勝寺には『下野州岩舩山縁起』と『下野州岩船地蔵菩薩縁起』以外に『下野國岩舩山畧縁起』(以下『略縁起』)が知られ、九州から東北まで版本写本10本が現存。出開帳や居開帳で配布と推測される。これは『仮名縁起絵巻』から生身の地蔵出現の物語と2回の出開帳での御利益を抄出して版行したもの。延享元年4月12日までの記事があるので、それ以降に作成。明和三年の三回目の江戸出開帳のために準備作成されたか。


・『略縁起』は生身の地蔵の出現の話と、享保17年、延享元年の江戸出開帳での霊験が6紙に書かれている。生身の地蔵の出現は金色の光を放つ地蔵に変身と淡々と記述され、再び岩船山に来た明願が見出した自然湧出の霊像
これこそが出開帳の本尊=明願が拝した生身の地蔵である略縁起のクライマックス


・塔婆は経年劣化してしまうので石塔の悉皆調査を行う→十八世紀末の死者から石塔が建立され、建立者は近隣住民→岩船山は周辺住民による石塔建立・経木塔婆供養の場であることが確認された。


・近代以降交通インフラの整備で参詣者地域が拡大し、敗戦後は戦死者遺族の思いを受け止める場となり高勝寺のバブル期到来→祖霊説をとる学者が来山して高勝寺は死者の霊魂の集まる場所とする通説が形成。


近世の岩船地蔵尊の現世利益の喧伝の契機は出開帳でありそれを普及したのが『略縁起』。


しかし近隣住民にとっては死者を供養する場であり、彼岸限定のエンタメランドでもあった。


【今回の発表で気が付いた点】


明願の木像は開帳の宝物として作成されたものと考えるべきで、岩船山で死者を供養するのは


「生身の地蔵」でよいのではないか。


【今後の課題】


石塔の再悉皆調査を行い、年号と建立者地域の相関を考察したい。


(文・林京子氏)





*これは2025年11月23日(日)にオンライン(Zoom)で開催された第161回の要旨です。
*上記の文章を直接/間接に引用される際は、必ず発表者名を明記してください。
*次回は12月27日(土)15時にオンライン(Zoom)で開催予定です。

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16
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非公開
誕生日:
2009/09/15
自己紹介:
新宿ミュンヘンで誕生。

連絡先:
gijinka☆way.ocn.ne.jp
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