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異類(人間以外のキャラクター)について研究報告・情報提供・談話をする集まりです。妖怪関連多め。時代や地域は問いません。古典文学・絵巻・絵本・民間説話・妖怪・マンガ・アニメ・ゲーム・同人誌などジャンルを越境する会です。TwitterID: @iruinokai
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今井秀和氏
「平田篤胤『仙境異聞』にあらわれた「生物」観」

要旨:
江戸後期の文政年間、常陸国にあるという天狗の棲む世界と、江戸とを行き来していると自称する少年、寅吉が世間を賑わせた。国学者の平田篤胤による『仙境異聞』は、寅吉への聞き取りをまとめて著されたものである。そこには、寅吉が見聞きしたという「天狗」に関する詳細な情報などのほか、鉄を食う獣、四足を生やした鯉といった奇妙な生物をめぐる知識も記録されている。
昨年末に刊行された、平田篤胤著、今井秀和訳・解説『天狗にさらわれた少年 抄訳仙境異聞』(KADOKAWAソフィア文庫)に付した注釈では、紙幅の都合上、仙境における「生物」の関連情報について充分に述べることができなかった。そこで本発表では、『仙境異聞』に載せられた「生物」知識と、和漢の文献に記された情報との比較を通して、寅吉らが紡いだ仙境の「生物」観に迫ってみることとした。
具体的には、寅吉が語った鉄を食う獣、四足を生やした鯉などをめぐる知識のほか、狐・鳥・人などが天狗になるという寅吉の説を検討対象に据えた。また、前近代から近代初頭にかけて実際に広く信じられていた、無生物から生物が生じたり(いわゆる「自然発生説」)、生物Aが生物Bになったり(筆者の造語「異種変態説」)という、近世後期にも強い信憑性を有していた俗説と、寅吉の語る内容との比較を行った。
その結果、上記のような『仙境異聞』の「生物」観は、当時知られていた文献知識と必ずしもイコールではないものの、両者の間に強い類似性が認められることが判明した。つまり、寅吉の語る内容に、彼独自の想像だけではない、同時代的な知識体系からの影響が想定されることが明らかになったと言えるだろう。
また、天狗などが姿を変える、いわゆる「変化」(へんげ)と、生物が姿を変える「変態」との間に、イメージ上の重なり合いおよびズレがあることも分かってきた。ただし、こうした分析の枠組み自体が今日的な認識に基づくものであり、今後の研究の手つきとして、今日的な生物観・生命観と当時のそれとの違いをどのようなかたちで把握し、論述していくのか、という検討課題も浮き彫りになった。
これからの研究の展開としては、今回行ったような、『仙境異聞』にあらわれた「生物」観を腑分けしていく試みを踏まえた上で、寅吉の語る内容と和漢の文献知識との比較作業を通して、寅吉の語りを構成するであろう情報の諸相に迫っていく、という方向性を想定している。
(文・発表者)



※これは4月27日、大東文化会館で開催された第91回例会の報告です。
※次回は5月25日午後2時、江古田の武蔵大学で開催します。

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三浦理沙氏「現代における幽霊譚の研究」

現代人が語る幽霊譚を資料として、現代日本における死霊観を明らかにすることを目的に研究を行なった。本発表では、幽霊の出現を生者による死者への「記憶」として捉えることとし、その死に対する生者の心情を論点として分析・考察を試みた。
第一章では、松谷みよ子『現代民話考』シリーズ(立風書房、1985~1987年)に収録の近現代の幽霊譚を収集し、面識・原因・時間・場所・働きかけ方という項目を立てた要素分類表を作成し、面識ごとの幽霊出現パターンの傾向を導き出した。
第二章では、岩手県大槌町・釜石市でのフィールドワークにて聞き書きした幽霊譚を資料とし、それぞれの話に込められた生者の抱く死者への「記憶」を分析し、人々のどのような心が幽霊を見せるのかを考察した。親族など特定の関係を持つ相手への個人的記憶、面識のない他人の「死」そのものに対する記憶の他、記憶はないがその人にのみ見える、霊感者という特殊な話者の存在を見出だし、新たな関係性における霊とのコミュニケーションに言及した。
今後は、膨大な事例を扱うのでなく、ひとつひとつの話を深く掘り下げ、都市か田舎かといった地域差、時代ごとの幽霊知識の枠組みの変化、話者の業種など、幽霊譚の語りの背景に着目し、語り手・体験者の人生をも包括しての分析を行なっていきたいと思う。そして最終的な目標である、現代人の死霊観を明らかにするまで、今後も研究に努めていきたい。(文・発表者)

※第89回例会(2019年2月23日・於青山学院大学)の発表要旨です。
※次回は3月9日14時から武蔵大学で開催します。近々告知します。

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発表者:アンダソヴァ・マラル氏
タイトル:カザフスタンにおける鬼

要旨:
本発表においてカザフスタンにおける鬼について考えてみた。鬼は以下のような言葉で表されている。Shaitan (シャイタン)、zhyn〈ズィン、ジン〉、Peri 〈ペリ〉、Dev〈デ ヴ〉、アルバスティなどである。Shaitan (シャイタン)はイスラム教義における悪魔であるが、カザフの伝承の中では楽器の作り方を教える存在として登場する。zhyn〈ズィン、ジン〉、Peri 〈ペリ〉、Dev〈デヴ〉はそれぞ れアラブ神、古代ペルシア神話やゾロアスター教の神だったが、体系的なイスラム教あるいはゾロアスター教が強まるにつれて格下げされた結果、悪神になった存在である。それらはカザフの伝承に登場するとともに、シャーマンが儀礼を行うに際して、使役される鬼神として登場している。
このように、カザフスタンにおける鬼神は多様な信仰世界の中で位置づけるべきであることがみえてきた。ゾロアスター教とイスラム教が伝播することによって、古代ペルシアの神やアラブの神、さらにイスラム教における神観念が入ってくる。それらと対立、または融合していく形でさまざまな伝承が生まれ、鬼神も様々な姿で登場する。
(文・発表者)
※以上は2018年10月13日例会発表の報告です。
※次回は11月10日(土)14時に武蔵大学で開催予定です。

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伊藤慎吾
紀南のネコマタ瞥見その他

ネコマタは一般的に山中に現れる怪猫、飼い猫が年経てなるものと考えられている。また、カマイタチも一般的に地上にいて負う裂傷の原因と考えられている。

ところが水中で同様の裂傷を負った場合にも、カマイタチを原因とする事例がわずかながら青森や福島、和歌山で見られた。そうした中で、海中に現れるカマイタチについては、和歌山県南端のすさみ町・串本町に限って確認されるところであった。当地ではネコマタがカマイタチ同様に人間に裂傷を与える妖怪として認識されていた。南方熊楠が1913年に聞き書きした記録と同様の事例はその後採集されることがなかったが、今夏、江住に取材に行くことで、水中でカマイタチのごとく裂傷を与えるネコマタの伝承の残存を見出すことができた。それと同時に、熊楠の記述に見える「江住村荒指」が隣村の「和深村安指」の誤解である可能性が高いことが分かった。

ではなぜカマイタチとネコマタが合成されたのか。これについては今後の課題としたい



※次回は10月13日(土)14時開催です。詳細は追って告知します。

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式水下流氏・永島大輝氏
福島(いわき)・栃木の調査報告 河童・狐を中心に

永島大輝、式水下流の二人で四月に行ったいわき市の調査報告、及び永島の単独での聞き書きの報告発表である。四つのトピックから個々の視点から発表を行った。


 


①湯本豪一コレクションにおける猫鬼、魔像等いわき市由来のものに関する調査報告


 現地に行き、いわき市暮らしの伝承郷で、湯本豪一『日本の幻獣図譜』『古今妖怪纍纍』に記載されている内容を確認するとともに、魔像に関してはそれらがあったとされる「威徳院」の地域が実際に廃仏毀釈の風潮が強かった地域であったことが知れた。しかしながら、市史における廃仏毀釈の記述には威徳院と言う寺院は存在はしないと言う。話を聞き、新聞調査を行なったが、猫鬼・魔像ともに歴史的・民俗的な背景を確認することはできなかった。新聞記事の確認での取りこぼし部分など、細かい調査はできるかもしれないが、これ以上の調査は難儀であると思われる。ただし、それは調査を行った現時点での結果でしかない。今回確認できなかった歴史的・民俗的な背景が出てこないとは言い切れないので、今後の追加情報や類例のコレクションの発見などに期待したい。


 


②家伝薬として伝わる河童の膏薬等河童に関する調査報告


 ①でいわき市暮らしの伝承郷で話を聞いた際に河童の膏薬と呼ばれている家伝薬がいわき市内に存在することを伺い、実際に現地に赴いた。


 話を要約すると実際にはその家では河童の膏薬として伝わっているものではなく、祖先(三代か四代前のお祖父さん)が栃木で習得した骨接ぎの調合を持ち帰った家伝薬であると言うこと。その高い効能と川辺に家があったことから河童と結びついたのではないかと言う話を聞いた。


 『怪異・妖怪伝承データベース』より「河童 薬」で検索をかけた結果から分布と類型をまとめた。いたずらをした河童を懲罰(捕縛、腕切り)した結果、見逃してやる(解放、腕を返却)ことで、薬の調合を教わると言うケースは全国に分布している。今回の調査では河童とは関係ないと言う回答だったが、高い効果から河童の薬と見られる周囲からの見え方の違いに面白さを感じた。PCの不調にて全てを見せられなかったが、実際に薬を塗布するまでの、映像も一部公開した。


 同じくいわき市内では河童の祠を祀っている場所もあり、河童伝承がほど近くに点在することも知れた。


 和歌山でのガシャンボの足跡の話とからめ、妖怪は「不思議さを共有する」ためのものではないか、また、それは場の力によって妖怪とされたり、されなかったりするということを報告した。


 


③狐の話を中心に栃木県の調査報告


 狐の話は現在でも多く聞くことができる。栃木県内の狐の嫁入り(オトカの嫁入り、狐の嫁どり)の場所を確認した。


 オトカとは、お稲荷の音読みだろうが、なぜ狐をオトカと呼ぶかは分からないまま、そういわれていたりする。私自身、それが見えたという現地へ行ったこともないが、話を聞いて不思議さを共有していた。今回場所を確認したが、裏を返せば、実際の風景は伝承に必要ない場合がある。


 また、那須の九尾の狐伝説は「しもつかれ」の由来に関係があり、その由来譚もいくつかのバリエーションがある。録音した音源で共有した。


 「しもつかれ」は初午の食べ物であり、稲荷の祭日である、そうしたところから「しもつかれ」と九尾の狐が結びついたと考えられる。


 


④写真


 狐などが写真に写ったとされる事例を紹介し、写真も見ていただいた。一例をあげると、稲荷神社で写した写真のロウソクの火の形が狐の形になっていたという話。


 


以上の調査・報告を行った。


 


・式水まとめ


 十数年、伝承の実際の体験者あるいは体験者から直接話を聞いた人の話を聞くことは難しくなるといい続けている。確かに年が経てば立つほど、そう言った情報は得られ難くなることは間違いないが、今回永島氏に同行させていただき、まだ拾える話はあると痛感した。


 


・永島まとめ


 調査では多くの方に優しくしていただいた。これからも調査も報告もしていくのだと思う。


 無理なのはわかったうえで、調査体験を共有して一緒に考えてもらいたかった。うまくいったかはわからない。


 今回アカデミックな集まりというよりも「お化け友の会」の側面の強い集まりとなっていた(本会にはそうした側面は強くあり、広く門戸は開かれている。現に発表者たちも研究と職業は関係ない)。


 報告では、妖怪というのは「感覚を共有する」ためのものだというのを言おうとしたのだと思う。それは「恐怖」だとか「不思議」かもしれない。


 妖怪に関して「いるの いないの」という問いを避けてきたと思う(参考『妖怪談義』など)。しかし、発表を聞いてくださった方からご教示を受け、その後考えたが(参考『UMA事件クロニクル』彩図社)、UMAやUFOに顕著な「「いるの いないの」と問わせるような感覚」をメインに共有させる妖怪もいる。ガシャンボや河童は妖怪だが、時折UMA的である。今後の課題とする。


 繰り返しになるが、多くの方に優しくしていただいた。ここでお礼を述べさせていただきます。ありがとうございました。


 


(文・永島大輝/式水下流)


以上、6月30日、國學院大學にて開催された異類の会の報告でした。



 

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2009/09/15
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新宿ミュンヘンで誕生。

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